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[欄外コラム(4)] 園まりとのレコーディング [欄外コラム] のINDEXへ
ポリドールの録音日誌には、1967年7月21日に園まりとタイガースが一緒に「泣かないで」(3分51秒)という曲をレコーディングしたとの記録があるが、タイガースとしてはもちろん、園まりとしてもレコード化はされていない。
ポップス系というよりは演歌っぽい歌謡系の(イメージの)園まりとのコンビは似合わないとは思われるが、両者とも同じ渡辺プロ所属であり、同じレコード会社なのだから、無理な話ではないし、録音日誌の書き間違いとも思えないので、ここは素直にそうした録音があったと考えておきたい。 では、その目的は?

直接的には、この年の5月25日に美空ひばりとブルー・コメッツが組んで(ひばりのバックをブルコメが担当したという感じですが)「真赤な太陽」をリリースしてヒットしていたことが、大いにヒントになったはずだ。

さらに、園まりのシングルでは、これ以前の1966年1月にリリースした「逢いたくて逢いたくて」のB面に(やはり渡辺プロ所属のクレージーキャッツの)植木等とデュエットした「あんたなんか」が収録されたことがあるのだが、A面がモロに園まり調の歌謡曲だったのに対して、B面はコミカルな味の、植木等寄りの曲調だった。
A面はヒットして園まりの代表曲の1つになったが、そのB面では前記のような固定的なイメージがある園まりの守備範囲の広さを示すことが出来たので、これは面白い実験であり、また成功作だったと言える。

で、園まりサイドのディレクターか誰かが、再度これと同じ方法論を、今度は売り出し中の若手ポップス系グループ=ザ・タイガースで試そうと考えたとすれば、それはいかにもありそうなことに思える。 タイガース側も先輩のスター歌手との共演は、心から望んだことではないにしても、完全にブレイクする前の時期でもあるし、むしろ宣伝になると考えた可能性は高いのではないだろうか。
となれば、「泣かないで」というタイトルは歌謡曲っぽいが、植木等の時のように、また「真赤な太陽」のように、曲調はGSらしさ・タイガースらしさが感じられるものだったと思える。 でなければ、組む意味がないのだから。
(もっとも、園まりはデビュー曲も「鍛冶屋のルンバ」だったし、もともとの守備範囲は洋楽ポップスのカヴァーだったので、これもまったく新しい分野への挑戦というわけではない。 だが、だからこそ当時のイメージ的には多少の違和感も感じられるタイガースとの共演も、逆に大いに考えられることなのでありますね)

それはともかくも、この曲は、その5日後に録音する(記録のある)「はなれたくないの」「冷たすぎる貴方」のどちらかのB面(またはA面かも)に配するつもりで、タイガースのスケジュールに合わせて先にレコーディングしておいたと思えるのだが、結果としてはオクラ入り。

その理由として考えられるのは、タイガースの急激な人気上昇で、発売予定時期には園まりサイドとしてもスター・バリューのバランスが大きく崩れることを懸念し、タイガース・サイドとしてもミスマッチ感がもはや強すぎるというようなことで、渡辺プロの社長あたりが判断したというところではないでしょうか。
まさか、黛ジュンがGSのブラック・ストーンズをバックに唄った「真赤な太陽」のカヴァーが、ひばりサイドのクレームで発売中止になったという例とは関係ないでしょうねえ。 それとも、当時の業界では「女性スター歌手+グループ・サウンズ」の組み合わせは、先駆のひばりに遠慮するというような風潮でも生まれていたのでしょうか。

さて、その後、園まりは1968年5月22日にも同タイトルの曲を単独で録音しており、この時のタイム表記は3分03秒と短くなっているが、こちらのヴァージョンでも発売されたかどうか、現在のところ当方では確認できていません(園まりコレクターの方、ご教示ください)。
同名だからといって同曲とは限らないにしても、これが聴ければ、何かヒントがあるかもしれないのですが…。

その後、園まりコレクターの布施昭生さんより情報をいただきましたが、やはり「泣かないで」は未レコード化で、さらに「はなれたくないの」「冷たすぎる貴方」もまたレコード化されていないようです。

しかし、この件で再チェックしていて思い付いたのですが、ひょっとしたら「泣かないで」は、GSのザ・ビーバーズがラスト・シングルとして1968年12月10日に発売した「泣かないで泣かないで」になった可能性も。
歌謡曲っぽい曲調やタイトルの類似はもちろん、何といっても作詩=橋本淳、作曲=すぎやまこういちのコンビ作なのですから。
(さらにタイトルの件では、前述の「逢いたくて逢いたくて」や「好きなの好きなの」のように同一文句を重ねたタイトル「泣かないで泣かないで」は園まり的だけど、それを逆にビーバーズのレコード化の際に応用したのかも 、なんてね)

また、このビーバーズのシングルB面は「サテンの夜」で、これは英国のムーディー・ブルースのヒット曲の日本語カヴァーだが、同年6月10日にリリースされていたファーストLP『ビバ!ビーバーズ』にも英語版のまま収録されていた曲なので、この最後の(あまり力の入っていない)シングルはAB面共に出来合いの曲で作ったということもありそうだし、ビーバーズは渡辺プロではなくスパイダースのスパイダクション所属だったとはいえ、レコード・デビュー以前の「アウトローズ」時代には(何と偶然にも)園まりの映画『逢いたくて逢いたくて』(1966年6月公開)にゲスト出演していたという縁?もあるのですが…。
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